何となく入ってしまうこともある生命保険。
気づくと、月に数万円もの保険料を支払っている人もすくなくない。
「貯蓄になるからと言われ、今も続けているけれど、本当に必要なのだろうか?」と疑問に思いながらも払い続けているなんてことありませんか?
生命保険は何のために入るのか?
生命保険は、何のために入るのか?そんなこと言われなくてもわかっていることです。
自分が亡くなったときに、家族が経済的に困窮することがないように加入するのではないでしょうか?
しかし、実際の生命保険加入時には、貯蓄だとか、運用だとか、本来の死亡保障という目的以外の機能も加味しながら加入しているものです。
そうなってしまうのは、生命保険に加入するときに、「掛け捨てではもったいない」といった心理が働いてしまうことが大きな理由でしょう。
実は、このときに起こる心理的な作用とは、「認知バイアス」とも呼ばれているもので、合理的に考えると、そうではないのに、人は直感的に確率的に正しくない選択肢を選んでしまうという傾向があるのです。
たとえば、100万円儲かるのと、100万円を損するのでは、同じ100万円なのに、その100万円という金額の捉え方がかわってくるといった話があります。
プロスペクト理論といわれ、人は同じ金額でも受け取るよりも損することのほうが、精神的な影響が大きいと言われています。
そのため、投資の世界では利食いが早く、逆に損切りができなくて、投資で儲けることができない人が多いと言われています。
生命保険の「掛け捨てではもったいない」と考えてしまうのは、このような心理的な作用が影響しているわけです。
本来の生命保険の目的に戻ってみよう!
本来の生命保険の目的は、死亡時の保障。
家族の収入を支えている人が亡くなったら、家族の収入が途絶え、経済的に困ることがないようにすることが目的です。
つまり、家族の生活費(学費などを含む)をまかなう分の保障に入れば、生命保険の役割は十分ということです。
当然、亡くならないのが一番ですが。
ですが、亡くならないのが一番であるはずなのに、亡くなったときのほうが経済的に充実した生活が送れそうなほどの保険金の生命保険に加入しているケースも少なくないようです。
「これって、なんの意味があるのだろう?」と思ってしまうところです。
実は、ここでも、「認知バイアス」に引っかかっていることがわかります。
先程のプロスペクト理論によると、人は損失や恐怖のほうが心が揺れ動かされるようにできています。
この結果、死んだときのことをイメージしやすいように話しされると、生きているときのことよりも、死んだときのことのほうが心配になります。
生きていく可能性のほうがずっと大きいのに、死んだときの不安を消したいがために、生きているときの収入を犠牲にして、確率的にずっと低い死んだときを充実させようとしてしまったりすることがあるわけです。
「認知バイアス」とはなんとも怖いものです。
生命保険の営業は、この「認知バイアス」をうまく利用して加入を促しているのかもしれません。
かもしれないというより、きっとそうなのでしょう。
生命保険の加入は、心ではなく頭で加入することが大切なのかもしれないですね。
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