株式相場を予想することはできない?、できる?、必要ない?


株価が上がる下がるの予測は不可能?

株式投資をしている人なら誰もが頭を悩ませている、株価の上下。

「株式市場がどう動くかは、誰にもわからない」というのは、よく聞く話です。

そんなことは十分にわかっているのに、どうしても考えてしまう。

人間ってそんなものです。


人は、ランダム性というものがよく理解できない脳の仕組みを持っています。

よく考えれば、偶然のものであっても、そこに何らかの意味を求めてしまう。

しかし、この偶然を偶然と考えない脳によって、人という生き物は大自然の中で生き残ってこれたのかもしれないという話もある。

とはいえ、株式投資をしていて、この偶然が理解できないという脳は、障害となってくることの方が多い。


私たちは株式市場を、予測できないのに無理やり予測しようとしているのだろうか?

教科書的な株式投資の説明では、予測は不可能だと言っていることが多い。

その点に関しては、バートン・マルキールの『ウォール街のランダムウォーカー』などが、有名です。

でも、きっとまるっきり予測不能ってわけでもない気がします。


ランダムとはいえ、上がれば下がる、下がれば上がるを繰り返している。

本当にランダムなのであれば、ずっと上がりっぱなしという結果も不思議じゃない。

でも、上がれば下がる、下がれば上がるという動きは、いつでも一緒のような気もします。

確かに、明日明後日の株式市場を予測することは、不可能なのでしょう。

でも、それだけではない部分もある気がする。


著名投資家のハワード・マークスは、『サイクルがある』といっています。

上がり続ける相場はない、上がり続ければ、いつかは下がる。

上がる時と下がる時というサイクルを延々と繰り返しているのが、株式相場なのかもしれない。

上がっているときは、いつか下がる局面をイメージし、下がっているときは、いつか上がる局面をイメージする。

相場の予測はできなくたって、サイクルのどの辺にいるのかは、なんとなく掴めなくもない。

サイクルのどこにいるかがイメージできれば、『攻める時』と『守る時』のサイクルもつかめるようになるのかもしれない。


相場の予測なんてしなくたって、儲かる人は儲かる。

経済ニュースやアナリストなどの相場予想を聞いて、相場の行方を気にする人がいる。

反面、ほとんどそういうものに興味を示さない人もいる。

普通に考えれば、経済ニュースやアナリストの相場予想など情報を意識して集めている人の方が株式投資のパフォーマンスは良さそうなものです。

でも、意外とそこは関係なかったりする。

まったく経済や株式相場に無頓着の人が、金融機関に勧められるがまま投資信託の積立をしていて、気が付いたらびっくりするぐらいの含み益になっていたなんて話も、全部ではないがたまに聞く。


「相場がランダムなものなのであれば、予測は必要ない。」というのは本当かもしれない。

ランダム性を扱うものといえば、ギャンブルも一緒です。

ギャンブルで勝てる人というのは、その多くが『賭け方が上手い』。

勝てる確率の高くなっている時期を狙って、上手く行動する。

逆に、勝てない確率が高いときには、決して大きくは賭けない。

株式投資というマネーゲームは、これと同じなのかもしれない。

勝てる勝率が低いときには、じっとしていて、勝てる確率が上がってきたときに、大胆に行動する。

相場を予想するのではなく、相場の様子を見て、行動を変える。


『相場の予測は必要ない、今勝てる確率がどのくらいあるのかを推測する』ことの方が大切なのかもしれない。

著名投資家のウォーレン・バフェットは、株式投資を野球に例えて、株式投資では三振がないのだからストライクさえも見逃すと言っていました。そして、自分にとっての絶好球がくるまで待つと。

先を予測する力よりも、「今なら勝てる!」と思える瞬間を感じとることが一番重要なスキルなのかもしれない。

しかし、そういうスキルには経験と知識が必要な気がします。


投資はアートだとよく言われます。

なんだかんだ言っても、一番最後に残るのは、その人の感性。

「今だ!」「ちょっと待て!」そいう『第六感』のようなものが最後にものを言う。

つまり、様々な成功体験、失敗、知識、知恵、情報、いろんなものを経て、生まれてくる勝負師的な『勘』が求められるのかもしれない。

勘とは、神秘的なものではなく、『経験の蓄積』からくるものだと言われています。

先を予測する力を求めるよりも、勘を磨く。

その為に、今できる経験を積む。経験者に話を聞く。本を読む。

投資にとって本当に必要なものは、そこなのかもしれません。


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